新時代を拓きつつある北東アジア

開催日 2005年2月21日
開催地 新潟市
共催 国際港湾交流協会
講師 国土交通省北陸地方整備局港湾空港部長 小谷拓
NPO法人北東アジア輸送回廊会長 花田磨公
ちばぎん総合研究所取締役社長 額賀信 ほか

第7回賛助会セミナーは、「新時代を拓きつつある北東アジア」と題し、〝北陸地方の「みなと」「空港」の未来展望〟〝北東アジア輸送回廊の実現へ向けて大きく前進〟〝相互交流の要、観光振興〟―をテーマに、次のプログラムで行った。

i) 北陸地方の港湾・空港の将来展望について
国土交通省北陸地方整備局・港湾空港部長 小谷 拓氏
ii) 北東アジアでの輸送ネットワーク構築を目指して
NPO法人・北東アジア輸送回廊会長 花田 麿公氏
iii) 国際観光がもたらす地域の活性化
ちばぎん総合研究所取締役社長 額賀 信氏
iv) 北東アジアの最近の動向
ERINA理事長 吉田 進

この内iii)「国際観光がもたらす地域の活性化」について、載録する。

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今なぜ観光か

まず、「今なぜ観光なのか」という話をしていきます。切り口として景気の観点からお話します。2002年以降、我が国の景気は緩やかな回復を続けてきたと言われています。今は若干足踏み状態が続いていますが、それでも、景気の回復基調は崩れていないと判断されています。今回の景気回復過程では、これまでと違った特色があります。それは、二極分化が解消しない景気回復だということです。分かりやすく言うと「勝ち組」と「負け組」の格差が大きく、「負け組」が取り残されたまま景気回復が続いていることが最近の特色です。

「勝ち組」は大企業、製造業、地域的には東京です。「負け組」が中小企業、非製造業、東京以外の広範な地方ということになります。とりわけ地方の停滞感が残されたまま、「景気回復」と呼ばれるものが続いてきたことが今回の景気回復の非常に大きな特色です。

なぜ地方経済の停滞感が残ったままなのか。これまで地方経済を取り巻いていた環境が大きく変わってきていることがその背景にあります。非常に大き な変化は人口減少地域が広がってきたことです。1995年から2000年にかけて、我が国の約3,200ある市町村の内の約2,200の市町村で人口が減 りました。今年の10月には5年ぶりの国勢調査が実施されることになっていますが、人口減少地域が広がっていると推測されています。

人口減少社会で地域の活力を維持するというのは容易ではありません。なんとか維持しようと皆さん努力されてきたわけですが、活力を維持する上で非 常に重要な働きをしてきたものが2つあります。公共投資と工場誘致です。公共投資は小泉首相が登場してから一貫して減少が続いてきました。工場誘致につい ても、誘致された工場が縮小する、あるいは中国にシフトする形があります。そういう状況で人口の減少地域が広範に及んでいます。これらは構造的な問題です から、今後ますます状況が悪化することはあっても、自動的に改善することは難しいのです。

地方経済を支えてきた公共投資と工場誘致による活性化モデルが当てはまらなくなり、代わりにどのような活性化モデルで地域を持続的に良くしていけ るのだろうか-その答はまだ出てきていません。非常に重い課題を地方が抱え、そこに地方経済の停滞の原因がある訳です。このような地方経済を持続的かつ自 立的に引き上げていくために何が重要かを考えてみると、地域によって様々な事情があると思いますが、非常に大切なものに「観光」があります。観光は地域の 活性化を考える上ではずせないものです。

定住人口が減っていく地域で地域の活力を持続的に高めようと、代替的な対応として考えられるのは基本的には交流人口の増加です。交流人口というの は外から来てくれて、その地域にお金を落としてくれる人です。そのような人は一般に「観光客」と呼ばれています。観光客が来てくれる地域になるかどうかが 地域の将来を変えていくのです。世界全体を見渡してみると、大交流時代に突入しています。地球上の人口は約64億人ですが、その内1年間に1回は海外に行 く人が約9億人います。海外に行く人の数は約7億人います。7億人というのは、地球上にいる人達の9人に1人が1年に1回は外国に行っていることになりま す。かつてコロンブスがアメリカ大陸を発見して大航海時代が始まった訳ですが、このような大交流時代に突入していることは、歴史的なイベントに匹敵する重 要な出来事です。大交流時代のエネルギーを日本、新潟県の中に取り込むことができるかどうかが大きなテーマになってきました。自分達の地域に活力を取り込 めるかどうかは、日本だけでなく、世界中の国にとっても最大のテーマの1つになってきています。

我が国としても2003年を観光立国元年と位置付けました。2003年1月に小泉総理が訪日外国人倍増運動を提唱しました。いま我が国を訪れる外国 人数は年間約500万人です。それを2010年には1,000万人にすると提案し、2003年3月から「ビジット・ジャパン・キャンペーン」が始まりまし た。

「ビジット・ジャパン・キャンペーン」の一例を挙げると、新潟、羽田、成田などの空港に行きますと小泉総理がビデオ中で「ようこそ日本へ」と言っ ています。こういう形でキャンペーンが始まったことに気が付いたのですが、同時に、あれで外国人が日本へ来るのかと疑問が湧きました。まず、キャンペーン のCMは日本で放映されているのです。日本人に対して日本語で言われている訳ですが、果たして外国でどの程度「ビジット・ジャパン・キャンペーン」が行わ れているのか疑問に思いました。また、例えば中国の方が日本へ来られて、「中国へ来てください」と言われたとしましょう。「行ってもいいよ」と大部分の人 が答えるでしょう。しかし、「どこへ行けばいいの」と聞くはずです。大雑把に「中国に来てくれ」と言っている間は本当の誘致活動になりません。それと同じ で「ビジット・ジャパン・キャンペーン」も「日本へ来てくれ」と言っていますが、「北海道へ」とか「新潟へ」とか「九州へ」などの具体的な誘致活動になっ ていなかったのです。これはある意味で当たり前です。なぜなら、国でやっている活動だからです。「新潟」と名指しした場合、他の地域の方が怒るからです。 これが国で行っているキャンペーンの制約となるわけです。

キャンペーンを見ていて気が付いたことは、日本は外国人観光客に向けての誘致活動の経験がない国だということです。そもそも観光政策を積極的に推 進したことがありません。私は観光先進国に行ってお話を聞いてみたいと思い、2003年11月にスペインに行きました。そこで得た知識をお話してみたいと 思います。

スペインの観光

まず、スペインの観光の規模をお話してみましょう。世界で1番外国人観光客を受け入れている国はフランスです。2003年の速報値によると、フラ ンスは7,500万人の外国人観光客を受け入れています。フランスの人口は6,000万人ですから、1年間に自国の人口を上回る観光客を受け入れているわ けです。2番目がスペインです。スペインは同じ速報値によると5,250万人で、人口4,100万人を上回る観光客を受け入れている観光大国です。

外国人観光客が来てどれだけ消費してくれたかを示す「国際観光収入」の1位はアメリカです。アメリカは国際観光大国であり、国際観光収入が1番多 かった時は2000年で、年間10兆円でした。2001年9月11日の同時多発テロ以降ずっと下がってきましたが、今でも8兆円近く稼いでいて圧倒的に世 界一です。2番目はフランスではなくスペインで、4兆5,000億円です。日本は外国人観光客が年間約500万人、国際観光収入は年間約4,000億円で すから、国際観光客や国際観光収入で我が国の10倍以上の規模を誇っています。

スペインの観光はリピーターで支えられています。経済省の役人は「外国人観光客の6割はリピーターだと思う」と言っていました。テーマパークで成 功している「東京ディズニーリゾート」の東京ディズニーランドは97%がリピーターです。「スペインの観光政策は何か」と聞くと、リピーターを養成するこ とだそうです。スペインに来てくれた方々に「また来たい」と思ってもらうように対応することが観光政策だそうです。

スペインがリピーターを養成するとき、スパンが長いのが特色です。日本のリピーターは今年来てくれて、来年も来てもらうのが普通でしょうが、スペ インでは学生の時には民宿に宿泊し、結婚して家族ができたらリゾートホテルに宿泊してもらう。リタイアしたら別荘を買って住んでもらうというように、長い スパンでリピーターを捉えています。スペインではドイツ人、イギリス人を中心とするリタイア組が多く住み、NPOに入ったりビジネスを持ち込んだりして、 地域の活性化に貢献しています。息の長い期間でリピーターを養成し、いかに良いところだと思ってもらうかが観光政策だということです。

「どのようにしているのか」と聞くと、基本的には地域の人達が心を揃えてお客様を受け入れる努力をしているそうです。アンダルシア州の観光・ス ポーツ庁の副長官に聞いたところ、観光政策を決める際に観光に関係する人達の意見を全部聞くそうです。労働組合というような現場で働く人達の意見を吸い上 げることが大切だと語っていました。結局、お客様に会うのは現場の方々なので、その方々が気持ち良く接することでその地方の印象を決めることになります。 それと、あらゆる機会を捕らえて「観光は大切だ」と言うようにしているそうです。観光と言うとホテルの人々やタクシー・バス業界などが観光について努力を し、多くの方々が自分とは無関係と言いがちです。そうではなく、人が来てくれて、お金を落としてくれることが巡り巡って地域の活性化に繋がっていると言う ようにしていることが印象的でした。リピーターを養成するために地域の方々が心を揃えることが基本なのです。

マドリード市の広報課長に2003年の活動内容を尋ねたところ、年間30回外国に行き誘致活動をしていると答えられました。行き先はヨーロッパ北部へいちばんたくさん行き、2003年はアメリカやチリにも行ったそうです。

アンダルシア州都セビリヤのコンベンション課長に聞いたところ、同様に年30回ほど誘致活動に出かけているそうです。その課長によると、工夫が必 要だそうです。ヨーロッパでの誘致活動はセビリヤ1市で行くそうです。週末など短期のお客様が多く、1市だけのプランを提示すれば十分だそうです。ただ し、例えば日本やアメリカでは、1週間や10日間の滞在となり、セビリヤ市だけでは飽きてしまいます。そこでグラナダ、コルドバ、コスタ・デル・ソルなど のアンダルシア州の他都市と連携を組んでプログラムを作成して誘致に行くそうです。誘致に行く主体は、市や州の行政と商工会議所が一緒になって行くそうで す。これは日本でも大事なことで、行政が誘致をする時には、ある特定の民間ホテルに泊まるように説明することは難しいのです。ですから民間も一緒に行って 誘致をすることが大切です。年間30回の誘致活動を10年以上に亘って続け、その結果としてスペインの国際観光が大きく花開いています。

2000年以降のEUの国ごとの経済のパフォーマンスを見てみますと、ドイツ、イタリアが停滞気味ですが、スペインは最も元気のいい国の1つです。元気の源が観光で、観光は非常に大きな力を持っていると思います。

誘致活動は非常に大切だと思います。例えばアメリカや中国や韓国に行って、新潟に来るように誘致活動をしたとします。現地の人に「新潟のどこに 行ったらいいか」聞かれるでしょう。仮に「古町」と答えた場合、「どういう風にいいのか」、「食べ物は何があるのか」と必ず聞かれます。誘致活動はまず、 自分達の地域を自分達の言葉で分かりやすく説明できなければなりません。30分や1時間かけて説明してもお客さんは帰ってしまうので、1~2分で新潟の魅 力を伝える必要があります。誘致活動を通して、地域の人達に共通認識を生み出すことになるはずです。

非常に重要なものとして「観光統計」があります。スペインの場合を例にとると、3月20日までにスペインの宿泊統計が発表されます。宿泊者が国籍 別、州や主要都市毎に集計されています。マドリードとバルセロナが競争していたとしたら、すぐに結果が分かります。日本で言うならば、ウィンタースポーツ で競争する北海道・新潟・長野にどれだけお客さんが来て、どの国からか、平均何泊したかなどが分かるのです。それぞれを比較して観光客が少ない原因を考え ることになります。観光政策をいくら立案し、実施しても、効果を検証し、観光を産業として育てるためには、正確で敏速で信頼できる「観光統計」を作ること が必要になります。昨年、国土交通省に「観光統計」を作るように要望しましたら、研究会を立ち上げていただき私が座長を務めました。「観光統計」を作る機 運が高まってきました。国に言われる前に自分達の地域の「観光統計」を整備することが非常に重要です。もちろん観光に携わっている者にとって重要ですし、 地域政策を考える上でも基本になります。効果が検証できないとお金の無駄使いになりがちです。

震災と観光

私は、元々日本銀行で仕事をしていました。新潟には1992年から1994年まで赴任し、大変お世話になりました。その後は本店に戻り、神戸に移 りました。神戸での体験が人口や観光を考える重要な契機になりました。1996年3月に支店長として赴任したのですが、1995年1月17日の阪神・淡路 大震災の1年後に神戸に行ったわけです。当時は建物の解体と道路の建設でごった返していました。三宮に日本銀行の神戸支店があったのですが、1日仕事をし て帰宅するとワイシャツの襟が真っ黒でした。1996年9月に阪神高速道路が全面再開され、地域の方々はいよいよ復興がこれからだと大変楽しみにしていま した。しかし、本当の経済的な停滞が始まったのはその後のことでした。小売店を再開しても売り上げが減っていき、また閉鎖せざるを得なかったのです。三宮 のオフィスビルの空室率が上がり、再建のためのお金が払えなくなってしまうこともありました。

地域の皆さんの経済的な停滞感は、公表された県民総生産を見てみると1997年度と1998年度は47都道府県の中でほぼビリの状態でした。最も 重要な要因は人口が減っていたことです。震災前の神戸市の人口は152万人でしたが、震災後半年の間に10万人減り、142万人になりました。亡くなった 人が多く、震災の直接的な被害で6,400名を超えました。その内、神戸市民は4,500人でした。家を失い、家族を失い、職場を失った人は10万人に上 りました。さらに、神戸市を訪れる観光客も激減しました。1990年代前半は観光客が年間で2,500万人~2,700万人いましたが、震災のあった 1995年には1,070万人に落ち込み、1996年以降もあまり増えませんでした。定住人口と交流人口という非常に重要な地域を構成する人々が減ってし まうと、地域の人々はものすごく頑張りましたが、うまくいかなかったのです。これはあまり報道されませんでした。人口減少社会は少子高齢化と捉えられ、年 金・介護の問題と受け止められがちです。しかしそれ以前の問題として、地域・国の経済活力を確実に落とします。人口減少社会を乗り切る上で、交流人口、つ まり国レベルでは外国人観光客に来てもらうこと、地域レベルでは他地域から観光に来てもらうことが非常に重要だということを痛感させられました。

日本の観光:なぜ外国人観光客が来ないのか

そもそも、なぜ日本は外国人観光客が少ないのかをお話してみましょう。理由の1つとして、戦後の日本はモノづくりで発展してきました。輸出で外貨を獲得できますから、外貨獲得のために外国人観光客に来てもらう必要がなかったからです。

重要な理由として、私達日本人は外国人観光客に来てもらいたくないと思っていることがあります。これは私の意見ではなく、スペイン人が言ったこと です。スペイン政府観光局の東京事務所を訪問した際、駐日代表とお会いしました。彼は日本に来て4年経つ方でしたが、「日本人は日本の観光コースが高いか らお客が来ないと思っているが、それは間違いだ」という意見でした。「日本の旅館の値段は安くなり、国際基準で高いとは思わない。東京の500円弁当も十 分国際競争力がある。本当の理由は、多くの日本人が外国人観光客は来ない方がいいと思っているからです」と言うのです。これは決して主観的な判断ではな く、2003年春、日本政府が日本人を対象に実施した外国人観光客に関するアンケートが英字新聞に掲載されたものでした。回答者の32%が「外国人観光客 が来ない方がいい」と答え、その理由の90%が「犯罪が増えるから」と答えています。彼は「それは大きな間違いだ」と言うのです。「犯罪者は来るなといっ ても来るが、観光客は来てくれと言わないと来ない。観光客はお金を落としてくれ、自国に所得と雇用を生み出してくれる」と責任ある立場の彼は言うのです。 これをきちんと説明する必要があると力説していました。

もう1つの理由として、観光が産業として認識されていなかったことが挙げられます。業界の方は「観光産業はマイナー」と言いますが、これからは国づくりの基幹産業として、直接的に携わる人も間接的に関係する人も、大切に育てていくことを心掛けてはいかがでしょか。

今後の行動:何をしたら良いか

1つ提案があります。現在、世界遺産を1番保有している国はスペインで、37あります。世界遺産は文化遺産と自然遺産に分けられます。日本は現在12保有しています。日本には文化や自然がスペインの3分の1しか残っていないのかと言うと、そうではありません。

昨年、政府は知床半島を世界遺産に推薦しましたが、国連の関連機関の方が見に来て、「自然はいいが、指定地域の中に砂防ダムが50基あるので難し い」と意見を述べたそうです。日本で世界に最も知られている富士山も、今のままでは自然遺産になりません。なぜなら、山頂から山麓までゴミの山だからで す。スペインとの違いは自然や文化の差異ではなく、対応の差異なのです。私たちは観光を手掛かりとして国を良くすることができます。また、国を良くするも のとして観光を育てていくことがとても大切ではないでしょうか。