ノルウェーの男女平等の歩みは早くも19世紀に始まっている。1913年の女性参政権の獲得や1978年の男女平等法の制定などは実はその着実な歩みの中に位置づけられるのかもしれない。以下に、ノルウェー男女平等センター作成の資料を翻訳転載し、その道のりを追ってみたい。
1839 | 40歳以上で生活の糧のない弱い女性は、職人になることが許された。 |
1842 | 扶養されていない全ての女性に、商売をする権利が与えられた。王の承認により成人に達したとみなされる、未亡人、夫と別居中の妻、独身女性など。 |
1854 | 息子と娘に同じ相続権が与えられた。それ以前は、息子は娘の2倍相続していた。 |
1858 | 公共サービスのトップをきって、電信電話の仕事が女性に解禁された。 |
1860 | 農村部の小学校で女性が教師になることが認められた。1869年には、都市部でも可能になった。 |
1863 | 25歳以上の女性に、成人男性と同じ権利が与えられた。ただし、結婚するとこの権利は失われた。 |
1866 | 女性にも、男性と同じように商売をする権利が与えられた。 |
1869 | 独身女性も、男性と同じく21歳で成人に達したとされた。 |
1874 | Charlotte Lundがスタバンガーの中学校入学の試験を受け、2年後に教育大臣が「女性が中学校の入学試験を受けるのを妨げる理由はない」と言明した。 |
1875 | クリスチャニアに女性のための芸術工芸学校ができた。 |
1882 | 女性も大学入学試験を受ける権利が認められ、Cecilie Thoresenが最初の女子大学生になった。 |
1884 | 女性が大学のすべての学部で勉強し最終試験を受ける権利が認められた。試験に合格すると、女性も医者や歯医者として開業することができたが、(男性なら入れる)それ以外の役所に就職することはできなかった。/女性権利協会設立。 |
1885 | 女性選挙権協会設立(会長Gina Krog)。/Ragna Nielsenが最初の男女共学の学校をつくった。 |
1887 | ノルウェーで公娼が禁止された。 |
1888 | 新しい結婚法が制定され、結婚した女性も成人としての権利を保持し、夫とは別に財産所有ができるようになった。 |
1889 | 女性も教育委員会のメンバーになることが許された。/オスロのナショナルデーのパレードで女の子も男の子に「ついて出る」ことが許された。/マッチ工場の女性がストライキをした。 |
1895 | 女性がはじめて投票を許された。ただし、酒の販売に関する地方自治体レベルの住民投票。 |
1898 | 全国女性選挙権協会設立(会長Frederikke Marie Qvam)。 |
1900 | 地方自治体の「貧者救済委員会」のメンバーになることが許された。 |
1901 | 女性の選挙権が部分的に認められ、地方自治体レベルの被選挙権を得た。 |
1906 | Mathilde Schjødt がノルウェーの女性ではじめて公職についた。 |
1907 | 一定の収入以上の女性に、ノルウェーの国会(ストーティング)の選挙権が与えられた。 |
1910 | 女性に地方自治体レベルの普通選挙権が与えられた。 |
1911 | Anna Rogstad がノルウェーで最初の女性国会議員になった。(彼女はもともとdeputy member副議員(?)だった。) |
1912 | 新しい法律により、女性もほとんどの公職に就くことが可能になったが、聖職者と外交、軍事、大臣は除かれた。 |
1913 | 全女性に普通選挙権が与えられた!/Katti Anker Mollerが刑法245条の廃止を訴えた。これは、女性が胎児を殺すと3年以上の懲役となるというものだった。自己決定による中絶への戦いの始まりだった。 |
1915 | Castberg法により、親が結婚しているかどうかにかかわらず、すべてのこどもに同じ権利が与えられた。 |
1920 | 結婚式で述べられることばから、女性は夫に従わなければならないという語句が削除された。 |
1922 | 女性も大臣になることが許された。/ Karen Platouが自力で当選して国会議員になった。 |
1924 | オスロに最初の母親のための保健センターができた。 |
1925 | Åsa Helgesenが最初の女性市長になった。市議会は11人の女性議員と1人の男性議員からなっていた。 |
1927 | 新しい結婚法により、夫と妻に原則として同じ経済的、法的権利が与えられた。 |
1936 | 労働者保護法により、母親に産前6週間、産後6週間の休暇をとる権利を与えられ、休暇後に仕事にもどることを要求することができるとされた。 |
1937 | 離婚のときに配偶者への生計費の支払いを義務化する法律ができた。 |
1938 | 女性はすべての公職へ就くことが認められたが、聖職者への任命だけは教会の承認が必要だった。 |
1939 | 最高裁が、結婚は解雇の理由になりえないという判断を示した(大量失業の時代で、既婚女性が仕事に就く権利は議論の的だった。) |
1945 | Kirsten Hansteen が最初の女性閣僚になった。彼女は連立内閣の囚人や難民担当顧問だった。 |
1948 | Aslaug Aasland が健康・社会問題大臣になった。省を率いた最初の女性大臣だった。 |
1950 | 新市民法。外国人と結婚した女性はノルウェー国籍を保持できたが、ノルウェー人の女性と外国人男性との間の子は父の国籍となった。 |
1952 | 聖職者も女性に全面的に解禁された。 |
1956 | 家族・消費者省ができた。/女性の公職への就任についての特別法が廃止された。 |
1959 | 条件によって、夫と妻に別々に所得税を課すことができるようになった。/義務教育レベルの男の子と女の子とが同じ教育を受けることになった。/ノルウェーは男女同一賃金についてのILO条約100号)を批准し、同一賃金協議会を設立した。 |
1961 | 労働組合とノルウェー経営者連盟が同一賃金の原則を実行することで同意した。/最初の女性牧師Ingrid Bjerkasが任命された。 |
1964 | 新人名法。女性が結婚するときに旧姓を保持することが認められた。子どもは父の姓を使う。 |
1965 | Aase Lionasが最初の女性国会議長となった(ラグティングの副議長)。 |
1966 | 国家保険法。シングル・マザーにより有利な権利。 |
1971 | 離婚別居夫婦についての特別法。(国家保険法と統合されるまで10年間存続。)/ナショナルカリキュラムにおいて、両性間の平等を促進するために積極的努力が必要なことが明記された。 |
1972 | 男女平等協議会設立。 |
1974 | 土地私有法が改正され、息子・娘が土地の相続において同等の権利を有することになった。 |
1975 | 幼稚園法。地方自治体は幼稚園の設置と向上のためのプログラムを用意しなければならないことになった。 |
1977 | 労働環境法により、産休の権利が拡張された。/国家保険法が改正され、18週間の有給休暇が認められた(それ以前は12週)。/消費者問題省と総務省に家族・平等課が設置された。/NAVFの女性問題調査室設立。 |
1978 | 妊娠の終了に関わる法により、女性が妊娠中絶に関する最終決定をすることが認められた。 |
1979 | 男女平等法施行。男女平等オンブッドと男女平等苦情機関設立。/性差別的な広告が禁止される。/市民法改正により、ノルウェー人の母と外国人の父をもつ子どもにもノルウェーの市民権が与えられるようになった。 |
1980 | 新人名法改正。結婚するときに、配偶者の姓をとるか、旧姓を保持するかを選ぶことができるようになった。同時に、親が子どもの姓を選ぶこともできるようになった。出生後6ヶ月以内に届け出がなければ、子どもの姓は自動的に母親の姓になる。 |
1981 | Gro Harlem Brundtland が最初の女性総理大臣になった。/男女平等法に、すべての公的委員会・審議会に男女の委員をおくことを義務づける新条項(21条)が付加された。/男女平等を促進する国の行動計画をつくった。 |
1982 | ILO「男女労働者特に家族的責任を有する労働者の機会均等および均等待遇に関する条約」(156号)および「同勧告」(165号)が国会で批准された。/労働組合とノルウェー経営者連盟の協定および、国と労働組合・教職員組合との協定に男女平等が入った。/新親子法。すべてのこどものための基本法。両親に同等の責任のあることを述べ、子どもが自己決定や(家族内の)決定への参画の権利をもつことを認めた。 |
1985 | 船員法に新条項。男の子、女の子とも同じ勤務最低年齢。 |
1986 | 男女平等を促進する新行動計画を国会が承認。 |
1987 | 有給の育児休暇が18週から20週に延長。全ての省で男女平等に関する行動計画を作成。 |
1988 | 有給の育児休暇が20週から22週に延長。/男女平等法の21条が改正。全ての公的委員会の委員はどちらの性も少なくとも40%以上いなければならない。 |
1989 | 有給の育児休暇が24週に延長。 |
1990 | 有給の育児休暇が28週に延長(あるいは80%の給与で35週)。/憲法が改正され、男性と同じ条件で女性も王位の継承権をもつことになった(1990年以降に生まれた場合に適用)。 |
1991 | 有給休暇が2 + 30 週に延長 (あるいは80%の給与で2,2 + 38週)。/新結婚法。配偶者の同意なしで、また別居の理由をいうことなく、別居を要求できる。 |
1992 | 有給休暇が2 + 33 週に延長 (あるいは80%の給与で2,2 + 42週)。/国家保険法の改正で、7歳以下の子どもを無償でみてもらうと1年につき3年金ポイントを失う。/Lucy Smith がオスロ大学の最初の女性学長になった。 |
1993 | パートナーシップ法により、ホモセクシュアルのカップルがパートナーとして登録できるようになった。/有給休暇が2 + 39 週に延長 (あるいは80%の給与で3 + 49週)。/4週間の休暇は父親専用で、父親がとらないと消えてしまう(「パパ・クオータ制」)。/有給休暇の一部をとり、短時間労働の再開と組み合わせて使うことのできる「タイム・アカウント制」。/病気のこどもの面倒をみるための休暇が12歳以下まで延長(以前は10歳以下)。休暇の日数も2人以上のこどものいる双親につき10日から15日に延長。/三大政党の総理大臣候補が女性だった。/Kirsti Kolle Grøndahlが、ノルウェーの憲法上、王に次ぐ地位にあたる、最初の女性国会議長となった。/大学院修了者の51%が女性。/最初の女性司教Rosemarie Kohn が任命された。/地方自治体の委員会の委員についてそれぞれの性が40%以上となるようにするための条項が地方自治体法に加えられた。 |
1994 | 労働環境法により、セクハラなどすべてのハラスメントが禁止された。 |
1995 | 無給の育児休暇が1年から3年に延長された。 |
1997 | 男女平等センター設立。/予備的措置として、先夫に脅やかされている女性が警察に直接つながる警報装置をもつことができるようになった。 |
男女平等センター
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最終更新日:2013/07/24